全てを開く | 全てを閉じる

第2回目 舩木 良真

タイトル(Will)『生まれ育ったあのコミュニティを社会システムとして現代によみがえらせたい』
公開日2008年2月29日
公開番号第2回目
氏名舩木 良真
会社名医療法人 三つ葉
役職理事長/医師 (在宅医療クリニック経営)
プロフィール

ふなき・よしまさ
<経歴>
2002年 名古屋大学医学部卒業、名古屋大学医学部付属病院勤務
2003年10月〜12月 海外研修。
シンガポール、中国、ニュージーランド、デンマーク、スウェーデン、アメリカなどの海外の在宅医療、コミュニティーケアを視察。
2004年1月 山口赤十字病院緩和ケア科でホスピス研修
2004年4月 東京の在宅医療クリニックにて在宅医療に従事
2005年4月 名古屋で医師4人と共に三つ葉在宅クリニックを開設
三つ葉在宅クリニックホームページ:http://www.mitsuba-clinic.jp/
<主なメディア掲載履歴>
・ 2008.2.3 NHK教育テレビ「日曜フォーラム」にて特集放映
・ 2008.1.24 中部経済新聞「名医」に掲載
・ 2008.1.23 中京テレビ夕方ニュース番組「中京テレビNewsリアルタイム」にて特集放映
・ 2008.1.18 NHK総合「ナビゲーション」(中部7県向け)にて特集放映
・ 2007.10.22 中京テレビ夕方ニュース番組「中京テレビNewsリアルタイム」にて特集放映
・ 2007.9.27 読売新聞「医療ルネサンス 在宅のデザイン 満足死」に掲載
・ 2007.9.19 CBC夕方ニュース番組「イッポウ」の在宅医療特集にて特集放映
・ 2007.5.31 中部経済新聞「医者の養生」に掲載
・ 2007.5.4 中日新聞「がん患者と医療 和らげる〜3〜 在宅医療2」に掲載

Chapter 1.キャリアの軌跡

【医療現場に出て初めて感じた問題点】

三つ葉在宅クリニックでやっていることは、基本的に家で過ごしたいと思う患者さん、その本人と家族の最大のわがままをかなえさせてあげようということです。もう一 つは、最期まで家で過ごしたいという患者さんに対して、最期の看取りまでのサービスを提供するということです。

在宅医療という形を考え始めたのは、現場に出てから。それまでは、そこまで見えてなかったんです。現場に出て初めて、何かがおかしいなと感じて。病院に入ったら安 心なのかなと思っていました。でも病院にいても、みんな不安なんですよ。まかせて安心というのは、ないんです。帰りたい、帰りたい、ばかりで。そうすると、病院ていっ たい何なんだろうと。実際の現場の中でまだまだ改革の余地があるというときに在宅医療に出会って。まったく誰もやっていない、フロンティアの世界ですね。今後のニーズ が非常に高くて。海外に在宅医療のシステムを見に行って、その後はホスピスで一年間勉強しました。

実は元々、臨床ではなく研究の方に進みたいと考えていて、研修医の期間が終わったら数年間渡米しようというプランを持っていました。最初は臨床はやらないと公言し ていたんですが、実際に臨床の現場で研修医をやってみたら問題点がいっぱい見えて。一番の問題は、誰のために医療をやっているんだろうというところです。ビジネス用語 でいうと、「顧客(患者さん)視点」というのがやっぱり欠落している。医者としては考えているんですよ、患者さんのために、考えているんですけど、病院ではどうしても 、患者さん一人ひとりに応えることはむずかしい。それがまずいな、やはり患者さんが何を求めているかを感じて、顧客視点の医療を再構築していきたいなというのが最大の 願いなんです。私の中には、未知なるものに挑戦したい、達成したいという気持ちが昔からあります。だから、医者になったのは実は、患者さんを救いたいとかそういうのか ら始まったんじゃなくて、原点は、リサーチ(研究)だったんです。それが、在宅医療の仕事をやってるうちに色々なものが研ぎ澄まされてきたんです。どんどんピュアにな ってきた自分を感じます。最初は、動機が本当に純粋なのかと問われると、キレイなストーリーは描けなかった。在宅医療に取り組んだ最初の動機は、誰もやっていないこと に挑戦してみたかったから。でも仕事をしていく中で、自分の動機が純粋になってきた感じがする。本当の動機は、元々自分の中にあった別のものかもしれないと今は思って います。

Chapter 2.「WILL」を見つけた、つながった

【人が幸せになれる社会システムやコミュニティを作りたい】

人が幸せじゃないってことが僕にとって一番ひっかかるところです。たとえば、いくらお金を持っていても、結局老後になったらみんな変わらない。皆がいろんな不安の 中に生きている。本当に安心という人はいま、少ないですね。お金を持っていたら安心でもないです。たとえば遺産相続でもめたりとか。これは自分が高齢者になったら、ぜ んぜん幸せじゃなさそうだなと思うんです。お金を持っていても決して解決できない。昔は、水と安全と医療はタダみたいなものがあって、幸せだったように思うんですね。 だったら、現代では、人はどうやったら幸せになれるのかな。そこに興味があります。社会ってどんどん変わっていく。ニーズも。その中で医療が変わっていかないのをどう 変えていくか。生活の視点から、顧客である患者さんの視点から変えていくことに挑戦しています。

私はいま、社会システムを作っています。本当に、そういう気持ちでいます。在宅医療だけをやっているわけじゃないのだと、そう思っています。医療というのは色々な 人が関わっているし、生活のインフラですから。医療は水道みたいなものだと考えています。蛇口をひねればいつでも提供されるものだと。人は水道だけでは生活できない。 医療だけでも不十分。それから医療も水道と同じように、溜め置きというのは難しい。社会に必要なのは常に必要なときに提供される、水道のインフラのような医療サービス のあり方。僕らは、必要とされるときに、必要とされるサービスを常に提供するという考え方です。自分には色々アイデアがあるんです。

私は、医療は社会資本だと思っています。決して私は聖人君子じゃないですが、社会のシステムを考えている。そういう意味でソーシャルアントレプレナー(※編者注: 「社会起業家」=社会変革の担い手として、社会の課題を、事業により解決する人・・・ウィキペディアより)的なところは強いです。利益は大事なのできちんと上げていま すが、それを個人のポケットに入れるということはないです。だから自分は医者でもあり、事業家でもあり、だけどその2つだけでもない。世の中に何かを提供し、結果とし て戻ってくるものを享受する、そういうことをしているのだと思います。

Chapter 3.「WILL」のルーツ

【「助け合って幸せに生きる、地域社会の再生をする」仕事観のルーツはどこに?】

私にとっての成功の形の一つは、地域でみんながすごく幸せになるシステムを作り、推進している姿です。自分のポジションや肩書きは別にどうでもいい。ただ、実質的 には全部動かしている、という姿です。自分が意思決定者として。私の明確な理想は、地域社会の再生なんです。コミュニティの中で皆が幸せに助け合って譲り合って、とい う世界です。困ったら誰かが手を差し伸べてくれる。家族しかり地域しかり。

地域社会、コミュニティに対する想いの原体験ですか。私、滋賀県の出身なんですけど、幼い頃、すごくみんなが助け合って生きていたんです。その後大阪に住んだら、 なんだか断絶された世界で。でも時々、そういうコミュニティがあるんですよね。困ったら誰かが手を差し伸べてくれる。家族しかり、地域しかり。地域の知恵みたいなのが 大事だと思うんですね。たとえば、親だけからしか情報が与えられない、だけど親が教えなければ、色んなところから教えないといけない、というような。それは僕らだけじ ゃできないので、色んなところと連携していく必要があります。世の中にそういう問題意識を持っている人もいると思うんです。いると思うんですよね、すごくいい心を持っ ている人が。

※本サイトに記載されている内容の著作権はすべて、株式会社GREENに帰属します。文章、映像その他一切を含む本サイトの一部または全部の無断転用・転載は禁じ られています。